「おかべ」って…何?
 豆腐の別名で、現在は「宮中用語」として用いられています。由来は、屋敷まわりの「白壁」の形が豆富に似ているところから、「御壁」と名がつきました。現在でも、宮崎、鹿児島の一部では、豆腐のことを「おかべ」と呼んでいます。



残されたおかべや  〜湯脇おかべや〜


 蒲生の各集落にも、昔は、1〜2軒の豆腐屋があったといわれていますが、現在残っている豆腐屋は、漆の湯脇豆腐だけとなっています。

 毎日約200丁を限定に製造する湯脇豆腐の湯脇博信さんは豆腐屋の2代目。40年間続けていた両親の店を2年前から継いで、毎朝午前2時に起床して豆腐づくりをしています。

 昔ながらの手づくり豆腐の手法は、まきを使うため、火加減や水の温度調整などが重要で、けっして楽ではありません。 つきっきりの作業のために何軒もあった豆腐屋は、後継ぎがなくなってしまい、現在のように1軒だけとなってしまいました。

 両親の高年齢化や豆腐に期待を寄せる周りの人たちの声もあって、家業を継いだ湯脇さんは「ガスや機械でつくる豆腐よりも、人間の五感をつかってつくる豆腐のほうが、自然な味がでますし、人にあった味ができあがると思います」と手づくり豆腐への思い入れを話しています。
   笑顔のステキな湯脇さん。奥さんと
   2人3脚でおかべをつくる。

    蒲生町漆365 0995-52-8648

豆腐づくりの命ともいえる大豆にもこだわりをもつ湯脇さんは、十数年の付き合いがある業者から豆腐に最適な大豆を抜粋。健康食品として代表的な豆腐をいつでもおいしく食べてもらえるよう、素材にも気を配っています。

 「蒲生にこの豆腐を使った料理を食べられるお店をつくってみたいですね」と将来の夢を語る湯脇さんは、ただ1軒となった本町の「おかべや」でふるさとの味のする豆腐をつくり続けます。

  冬はおなべ。夏は冷奴。芳ばしいなたね油で揚げた
  揚げ豆腐は、食欲のないときでもバクバク。



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